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社長コラム
Vol.11
さようなら珈琲美学【珈琲店の商標問題を考える】
2003年に書いた「日本のコーヒーは変わる」において、3社の自家焙煎・コーヒー専門店を取材した。
当時は日本におけるスペシャルティコーヒーの揺籃期で、まだ定義が固まらず、プレミアムコーヒー、グルメコーヒーなどの呼称が市場に存在した頃のことである。この頃はスターバックスコーヒーが急速に店舗数を増やし、シアトル系御三家が日本国内の橋頭堡を確実なものとしていた。一方喫茶コーヒー市場に埋没する喫茶店やコーヒー専門店が少なくない中にあって、この3社の活躍は目覚ましかった。北から宮越陽一氏の「宮越屋珈琲」(札幌)、鈴木誉志男氏の「サザコーヒー」(ひたちなか)、そして小原博氏の「珈琲美学」(徳島)である。
「宮越屋珈琲」は札幌でのドミナントに成功を収め、その後の展開の地を東京に求めた。今や東京に留まらず、仙台、名古屋に直営店を展開しており、2010年10月にはFCの宮越屋関東が設立されてその1号店が東京町田市に開店している。
「サザコーヒー」は3社の中では一番業務用市場向けのロースターという性格が強いが、JR東日本リテーリングが展開するecuteの品川(オープン)と大宮(リニューアル)に出店して顧客を掴んでいる。さらに2011年3月には、東京でも有力なアッパー商圏である、二子玉川エリアの東急ライズのフードショーにショップを開店した。また地元水戸の京成百貨店にも広いアトリウムを使った直営店を構えている。
一方「珈琲美学」は小原氏の夢の一つとして、2009年にギャラリー併設の珈琲美学このぶ店を開店した。しかし特筆すべきは珈琲美学に惚れ込み、指導を求める方々の存在である。地元の徳島でもコーヒー専門店やカフェに多くの後身を育てているのだが、そのエリアが確実に広がっていることだろう。四国中央市の珈琲蔵はフジグラン川之江店に2号店を出店し、淡路島の珈楽粋(くらしっく)も3号店を洲本バスターミナルに出店している。またお膝もとの徳島でも、珈琲日出蔵が二番館を開店するに至った。特に2010年は静岡や大分と、四国を飛び出して「珈琲美学」の理念が広がった年となった。

ではなぜ今、さようなら「珈琲美学」なのか。
それは2010年4月14日に行われた屋号変更によるものである。「珈琲美学」は「coffee works」と名前を変えた。そのスタイルがコーヒー専門店からシアトル系カフェに変わったわけではない。今まで通りにネルドリップのコーヒーを一杯ずつたてるカウンターの隣で、3連のマルゾッコFB70がリズムを刻んでいる。今や日本のコーヒー専門店の多くがエスプレッソビバレージをメニューに加えているのだが、広い客層のニーズに対応すれば当然の帰結だろう。市中のカフェの多くがエスプレッソコーヒーに拘り、ラテアートやデザインカプチーノに注目しているのだ。珈琲豆の卸を考えるならば、今やエスプレッソコーヒーの完成度を上げなければならない。ではそのための屋号変更なのだろうか。必ずしもそればかりではない。この「珈琲美学」のケースでは日本の喫茶コーヒー業界には事例の少ない商標問題を取り上げなければならない。

「珈琲美学」というコーヒー専門店はここ徳島の小原氏だけではない。コーヒー事情に明るければ、たちどころに何軒もの名前が挙がるであろう。そう、日本中に同名のコーヒー専門店は実際に何軒も存在している。そのそれぞれが自分の信じる形で、専門的な知識と技術を磨き、日々お客様をお迎えすることに永い時間を注いで来た。徳島の小原氏はその1社である。従って屋号の「珈琲美学」を使っていても、それを商標として登録し、自分だけの名称にするということは念頭に無かった。それは他の「珈琲美学」オーナー達にも共有の思いだろう。自分の「珈琲美学」を訪れるお客様を暖かくお迎えし、美味しい珈琲に親しんでいただき、それぞれのお客様の人生を豊かなものにしていただきたい。それが彼らの商い(コーヒーに接する使命)の本質と考えているのではないか。そうした小原氏を突然に襲った商標問題は、歯がゆく、苦々しく、耐え難い苦痛を彼に与えていた。相手は同じ徳島市内にある会社である。近隣での小原氏の「珈琲美学」の高い評判は充分に判っていた筈だ。現状でコーヒーを扱うわけでもなく喫茶店でもないその会社は、いったい何を狙って商標登録をしたのか。まさしく、不気味な、得体の知れない他者の振る舞いと言わざるを得ない。
ところで、特許庁にはネット検索システムがある。商標検索をすればその商標の登録者と登録日がいながらにして判明する。

こうした事態を受けて小原氏はどう考え、どう動いたか。それが「Tokushima Coffee Works」誕生の理由の一つになった。「珈琲美学」で成功の架け橋を登っていたのは確かだ。本来ならば提訴という方法もあったのだろうが、この変更には過去に拘るよりも前を向こう、という彼の潔い姿勢が伝わってくる。コーヒーを提供することに拘りを抱いて進んできた過去が彼の「美学」であり、オーナー自らが中興の祖となることを決意した新しい「coffee works」である。足しもしないが引きもしない。自分と自社のやるべき仕事はこれ、コーヒービジネスなのだ。今までも、そしてこれからも。こうした自覚の裏では、想像を超える数々の困難と積み重なる出費に対する覚悟が避けては通れない。考えてみて欲しい。インターネットの時代にあって、ネットショッピングをしているコーヒー会社やコーヒー店は数多い。積み重ねた名声と信用をリセットして、あなたは再出発できるだろうか。グーグルのページランク3を獲得するのに、どの位の時間と情熱がそこに注がれてきたことか。そうした継続の力が一気に消え去ってしまったのである。

但し自ら変わろうということが少なからずある。それがカフェ市場の変化と拡がりを目の当たりにしてきた彼のテーマの一つになった。それはエスプレッソコーヒーへの取り組みだ。「coffee works」の誕生から半年余、この間にトップバリスタを招聘してのバリスタセミナーを3度開催し、社員・クルーだけでなく、彼のコーヒーを使う卸先の方々も挙って参加している。Tokushima Coffee Worksを支える輪が少しずつ着実に広がっている。こうした未来への動きを応援している。そして期待している。
カフェグッズ代表
小林 文夫