SOLOカップの衝撃と盛衰

日本のコーヒーショップで、ディスポーザブル(使い捨て)カップが大量に使われ始めたのは、1996年8月に銀座松屋裏に開店した、スターバックスコーヒー日本第1号店からではないでしょうか。イートイン(店内飲食)でもテイクアウト(持ち帰り)でも、同じスタイルで紙コップとクリアプラスチックカップを使用したアメリカンスタイルは、それまで国内のコーヒーショップではあまり見られなかったものです。

店内は陶器のカップやマグを使い、テイクアウトは紙コップという、ドトールコーヒーショップに代表される(ジャパニーズ)スタイルですが、それを意識していたスターバックスコーヒーも、日本3号店までは各店内にディッシュ・ ウォッシャーが設置されていました。しかしお客様が殺到し、とても回らなかったのです。3号店出店の後に、一時店舗を閉めて軌道修正し、厨房を改修します。
ここから誰にも予想できなかった快進撃が始まりました。

アメリカンスタイルの原点は、車の運転中や、街を歩きながらなど、家や職場から離れても、手軽に美味しいコーヒーを飲みたいというニーズでした。それには紙コップを使用したスタイルが最適だったのです。

実は昔の映画の冒頭に忘れられないシーンがあります。「ティファニーで朝食を」1960年の映画です。主役はオードリー・ヘップバーンですが、早朝のティファニー本店にタクシーで乗り付けた彼女が、ショーウインドーを眺めながらおもむろに紙袋からパンとコーヒーを取り出します。蓋を外して紙袋に投げ込み、コーヒーを飲む印象的なシーンですが、その時代に大きな紙コップでコーヒーを飲んでいる。惜しむらくはトラベラーリッドがなかった時代でした。あれば絵が変わったでしょう。

コーヒーショップの展開に当たって、一番の問題はこぼれない様にすることが目的のリッド(フタ)でした。リッドをしたままで飲み物をこぼさずに飲むには・・・、それが飲み口を設けるという発想でした。リッドに戦略的な位置付けを与えたことで課題をクリアし、このスタイルが一気に普及します。コーヒーショップ発展の礎となったのは、ピーツ・コーヒー&ティー社から始まったコーヒー革命と、SOLO 社がいち早く開発した、厚紙カップとトラベラーリッドの存在だったのです。

SOLOCUPの主要デザイン

8ozWHITE

12ozMYSTIQUE

16ozBISTRO

トラベラーリッド全景

トラベラーリッドの特徴である飲み口後ろに深いくぼみがある。カップを傾けて飲む場合、フォームミルクを適度に抑えて美味しく飲めるとの情報もあるようだ。

開発中にここまで追求する姿勢に驚きを覚え、 ますます SOLO カップのファンになった。

同一オペレーションでイートインとテイクアウトに対応できるため、効率的なコーヒーの提供作業が可能になり、迅速なオペレーションが実現できました。このビジネススタイルの確立によりコーヒーショップの成長基盤が整い、今日の世界的隆盛があります。

スターバックス店頭で手にした SOLO カップの素晴らしさには、正直に感動しました。厚紙カップの頑丈さとともに、カチ!としっかり勘合するトラベラーリッドも、肉厚で頼もしく、安心感がありました。国内でもこのスタイルが広まることが確かに思えたのです。1998年に日本で売らせて欲しいと SOLO 社にコンタクトをとりました。前職在職中でしたが、1999年にシカゴ本社を初訪問して契約に漕ぎつけました。翌年にはアルバカーキー郊外のベレン工場まで、印刷立ち合いに行きました。

当時、国内メーカーでは厚紙カップが製造されていませんでしたが、その時代に SOLO カップを提供できたことは本当に良かったと思います。商品的には 4、6、8、12、16 オンスと揃うサイズバリエーションがあり、デザインは White、Bistroに加え、新たにラテアートやデザインカプチーノをモチーフとした Mystique が発売されました。もちろん口紅の色移りも気にならない黒色リッドもラインナップされています。

その後の 2001 年、日本でのスターバックスコーヒーの急速な出店ペースに応えるべく、SOLO 社は日本国内の紙容器メーカーを傘下に収め、SOLOJAPAN が設立されました。この国内工場で、スターバックスコーヒーの8オンス(ショート)と12オンス(トール)カップの生産が始まります。米国 SOLO 社との直接取引は SOLOJAPAN 社に引き継がれました。2003年には創業間もないカフェ グッズも正式な国内販売店として活動を始めたのです。

続いて SOLO 社は主要アイテムのアジアでの生産に乗り出します。SOLO 社の技術陣が採用したのが台湾の2社でした。厚紙カップは統一企業集団(PPI)、PET クリアカップとクリアリッドは HONOR 社でした。それぞれ品番の末尾に TW と付いたカップでしたが、 SOLO 社が販売する正規の SOLO カップです。しかしトラベラーリッドは意匠の関係だと考えられますが、米国からの輸入を続けています。

後年、製造委託契約は解消されて、全てのカップが米国からの輸入に戻りました。しかしながら台湾の2社のカップはブランドを変え、今も国内市場の主要な製品の一つとして流通しています。

尚、既に米国では企業としての SOLO 社は存在しません。創業家の問題が証券市場で糾弾され、経営権を手放したのです。現在はプラスチック食品容器メーカー大手のダート社に買収され、SOLO ブランドの商品の一部が継続生産・販売されています。

「栄枯盛衰、極まれり」、ということでしょうか。今は遠い昔の話のように思えます。

次回は紙コップについて、少し詳しく話したいと思います。

2020 年 12 月

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