「紙は面白い」

私は長い間、紙にかかわる仕事をしてきました。スタートは家庭紙でしたが、ほどなく外食産業向けの容器包装に特化しました。それから既に40年を超え、紙は面白い、と益々思える今日この頃です。今回は渡良瀬川の前に差し込みましたが、「紙は面白い」を今後数回に渡り書かせていただくつもりです。

ビーンズバッグのこと

確か1995年だったと思います。デュニコンビカップの全国行脚の中で、静岡近郊を周っていました。お茶の産地でコーヒー業は肩身が狭いという話を聞いていましたが、ロースターも自家焙煎店も頑張っています。静岡に着いてから電話帳をめくりながら、聞き覚えのないコーヒー会社を見つけたのです。その会社オフトは郊外の畑の中にありました。電話してから訪問したのですが、お茶の加工場だったと思われる建物は平屋のプレハブです。金網フェンスに囲われた敷地の中にベンツが1台停まり、何か不安を感じたことを覚えています。声をかけると中から若い男性が出てきたのですが、その方I氏の話に引き込まれるまで、そんなに時間はかかりませんでした。

彼I氏は米国公認会計士の資格を持ち、サンフランシスコで仕事をしていました。現地での仕事や生活のなかで、いつしかピーツコーヒー&ティーのコーヒーに魅せられ、何度も通ううちにコーヒーにのめり込んで行きます。ついにはピーツの門戸を叩いてコーヒーを学び、そして焙煎までマスターしたとのことでした。既に引退していたアルフレッド・ピーツ氏にも直接、焙煎の指導を受けていました。

彼に案内された建物の中には、広い倉庫の一角にピカピカのプロバットが設置されていました。その横にカラフルで鮮やかな麻袋が並んでいます。あまり目にしたことのない、美しい麻袋でした。中にはやや小粒で、エメラルドグリーンに輝く生豆が入っています。I氏は生豆を両手に掬って愛おしそうに顔を近づけます。私も同じように掬わせてもらうと、フルーティな香りに包まれます。果実のような、スパイスのような香りです。「サンフランシスコのピーツから取り寄せた生豆です」と一言。身を乗り出しながらI氏の話を聴いている自分がいました。

当時の彼は、ここで焙煎したコーヒー豆を直接販売していました。方法を尋ねると、チラシを作成し、都内のアッパーな住宅街に出かけてポスティングをしているとのこと。チラシには小型の電動ミルをセットにしたコーヒー豆が並んでいました。まだ日本の家庭では「電動コーヒーミルが普及していないので」と語る彼の挑戦は始まったばかりです。単純に「高品質豆・煎りたて・挽きたて」のアピールです。聞けばそこそこに注文はありますとのこと。確かに普通に手に入るコーヒー豆とは別物の感があります。

その時に困っていると話していたのが豆を入れるビーンズバッグでした。ラミネートされたクラフトの角底袋で、くるくると袋口を折ってティンタイ(帯金)で止めている。これが国内に無いので、シアトルから空輸しているとのこと。この袋でなければならない理由も教えてくれました。

① お客様に届いて開封すると、開封前でもコーヒーの芳しい香りに包まれます。ここが一番の差別化なんです。

② ピーツの特徴でもある深煎り豆ですが、ラミネートされているので脂が染み出しません。

③ 角底ですので袋が自立しており、最後の豆が終わるまでそのまま使えるのです。

④ 4面が紙のため、スタンプでロゴやメッセージを入れやすく、コーヒー情報などの発信に役立ちます。

⑤ 使用後はティンタイをちぎれば、紙ごみとしてそのまま廃棄できます。

⑥ 未晒しのバージンパルプはパルプ繊維が長く、紙リサイクルにより、良質のパルプ原料として再利用できます。

特に①には鮮度保持の手立てよりも、新鮮なうちに飲み切っていただくという彼のコンセプトを感じました。そのためにもコーヒーを楽しむ家庭を増やしたい、という今の活動になっているのです。だから250gのサイズが最適ですと。

2014年の視察ツアーにて。Cafe Grumpy, Gimme! Coffee, Oslo Coffee, Joe Coffee

少し時間はかかりましたが、1999年にシアトルのパシフィックバック社から輸入して、どうにか販売が始まりました。

パシフィックバッグ社はいわゆるメーカーではなく、外部に製造委託した商品を販売する商社です。そのためにやや不安もあり、製造工場を持つロスのZ社も訪問したのですが、結果としてパシフィックバッグ社を選びました。

その後一時扱えなかったカフェグッズでしたが、2010年以降に縁あって、国産のビーンズバッグを発売しました。ティンタイの素材が少し異なるものの、紙の素材や加工方法は同じです。これでI氏のコンセプトを繋ぐことができたと思っています。

こうした恩のあるI氏でしたが、惜しむらくも彼はコーヒーから離れました。思わぬ再会は2003年です。彼がSOLOJAPAN社の副社長として登場したのです。米国SOLO社が彼の経歴を評価してのことでしょう。お互いに気恥ずかしい気持ちのまま再会を喜びました。その4年後に彼はSOLOJAPAN社長として、SOLO社の日本撤退という困難なビジネスを担います。国内製造拠点の2工場を譲渡し、SOLO製品の輸入販売と国産ストロー事業に特化した日本ストロー社を立ち上げます。その会社をファンドに引き継いで彼の仕事は終わりを迎えたのです。本当にお疲れさまでした。

今にして思えば、同時期にピーツコーヒーの日本上陸と撤退があり、それを乗り越えて日本のスペシャルティコーヒー市場の進化と発展があります。アルフレッド・ピーツという稀有な存在との交流をもつI氏には、やはりコーヒーを愛し続けて欲しかった。そのことがとても残念です。

ビーンズバッグ一つにも多くの人の思いがあり、夢があります。紙ならではの確かな原材料と優れた素材感は、これからも変わらないでしょう。バリア性を求めるギフトには適さないのかもしれませんが、コーヒーのニーズから見ればその用途は十分に広い。

カフェグッズは紙への拘りを大切にしています。私のライフワークの一つですから。

2021 年 3 月

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